京つう

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2007年01月30日

クナイプ ドイツの入浴剤

うちの台所では、今オリーブオイルが白く固まっています。私が一日居るところは、5℃位、風も吹きます。
冷えきって一日働いたあとは、お風呂に勝るものなし、と言う気がします。

贅沢だとは思うのですが、自分にご褒美をやりたいときは、お風呂にクナイプを入れます。
クナイプというのは、ドイツの入浴剤で、お塩にハーブの香りがついています。日本のものと違うなぁと思うのは、ほんのりとした香りではなく、はっきり、くっきりした香りなんです。

寒いときはオレンジリンデンバウムが冷えた体を温めてくれますし、真夏に焼き物をして体に熱がこもり、辛くて仕方ないときはミントを入れます。
お風呂で読書が私の最高のリクレーションですけど、なかなかできず、たまに出来るときにクナイプを入れられたら、至福の時となります。  

Posted by tao at 00:03Comments(0)魚屋のいろいろ

2007年01月29日

納豆騒動

弟が、納豆工場に仕事で行き、納豆を沢山頂いてきました。60パック位。

卸で来られる料理屋さんのお客さんに、納豆をお好きか聞いて、お好きな方にはオカズに持って帰って頂くことにしました。
聞いてみると意外にも殆どの方が納豆大好きと言われるのです
うちの店のまかないに納豆はよく使いますが、嫌いな人が三人居るので、そのときは代わりのオカズを作らないといけません。
その割合からすれば、もうすこし嫌いな人がいられるかと思ったのですが、お一人だけでした。

関西では多いと聞いていた納豆嫌い。今はそうでもないようです。私達夫婦も大好きですし、番頭さんも、いか納豆をすると大喜び。
あるあるでは、納豆業者の方も大変だったようですけど、これを機会に皆もつと納豆を食べられるといいですね。  

Posted by tao at 23:51Comments(2)魚屋のいろいろ

2007年01月26日

お茶屋遊び

うちのお客さんで宮川町のお料理やさんがいやはります。ここは、大将のご実家がお茶屋さん。場所柄もあるし、ここのカウンターでよばれている時、舞妓さんと芸妓さんが二組入ってきやはったことがあります。店だしというて、舞妓デビューのご挨拶に回ったはつたんです。そら、はんなりして、ええもんでしたえ

大将に伺うと、お茶屋遊びはけっこう明朗会計みたいです。まず、ルームチャージがあって、舞妓さんたちは、基本は6:30PMから8:00PMまでで、舞妓さん芸妓さん一人につきチャージ25,000円、それと、お料理代ということでした

舞妓さんは一人ではきやはらず、必ず「お姉さん」が一緒みたいです。そやから、最低単位は「お姉さん」と舞妓さん。お姉さんと言うのは、お三味線とかをひいてくれはる、着物に日本髪で無い人のようです。そやから、十人で舞妓さんとお姉さん来て貰ろうて、やったら、料理代+一人5,000円にルームチャージ、けど、うちのお客さんとこみたいな、料理屋さんに来て貰ろうたら、それは要らんことになりますわねぇ。

 

舞妓さんは自毛で結いますが、芸妓さんは鬘みたいです。髪型もいろいろあるけど、舞妓さんはサイドに張り出して顎に向かってすぼまると思います。



沢山きてもらえると、賑やかと言う以外に、できる遊びが増えるという事みたいです。これは「金比羅ふねふね」あと、「

トラトラ
」とかも二人来て貰えば出来るようです。

トラトラと言うのは、加藤清正トラ退治から来ていて、杖を突いているのが加藤清正のお母さん、槍を持っているのが加藤清正、四つんばいなのがトラですねん。

加藤清正は、お母さんにはかなわない。



お母さんは、トラにはかなわない



トラは、加藤清正にはかなわない




という事で、仕切りの左右に分かれ、相手が何に扮して出てくるかで、勝ち負けと言う遊びです。

昔の大学のゼミ仲間が集まって御茶屋遊びを楽しまはりましたが、久しぶりに子供に戻ったような楽しさやったそうです。

気分だけ味あわはるのやつたら、お年越し、節分のときに、このお料理やさんみたいなところに行かはると、芸妓さんたちが「お化け」いうて、色々な扮装をして回わらはるんですて。お料理を頂いていて、来やはるとおひねりをあげるとか、いっぺん観てみたいと思うてます。

喜久屋 駒井さん 075-561-1313  

Posted by tao at 21:53Comments(0)私の好きなもの

2007年01月26日

揚げだし餅と烏賊ゲソのてっぱい

なんぼ白菜が美味しいて、リコウやからていうて、毎日白菜は、なんぼなんでも、ねぇ。そやし、今日も八百屋はんの前で長いこと思案して、てっぱいをしようという気になりました。

てっぱいは、おかずやから、うちは、たいてい烏賊のあし、ゲソです。これを軽く湯がいて使います。母は、この他、よくお揚げさんを焼いていました。これも、香ばしいて美味しいです。かまぼこを使わはる人もありますねぇ。これは、彩がきれい。
白味噌は、お雑煮に買うたんが、少し残っているし、それにカラシやお酢とかを入れます。私はすり鉢を使います。
カラシは、実家では缶のカラシをといていましたし、今はチューブもありますけど、ここに来て、料理屋さんの使わはる和芥子は、灰をつけた水の上澄みで溶くとか聞いて、ほんまもんのてっぱいは、カラシから私らのとは違いますのやね。まあ、私のはもどき、ですわ。



一番評判の良かったのは、今日初めて出してみた、揚げだし餅です。揚げだし豆腐と同じで、天つゆに、揚げたお餅とかまぼこ、お葱です。青味は、本当はもうちょっとひねりたかったんですけど、まあ、安いし、お葱で。お餅は相変わらずお鏡さんです。

あとは、鯛の子をたいたんとか、ごちゃごちゃと。なんか、お正月の残り物の臭いぷんぷんですね。  

Posted by tao at 21:12Comments(0)今日のお昼ご飯

2007年01月26日

雪鍋のつもり

かぶらを買って、摩り下ろし、味をつけただし汁に入れて、雪鍋にしよと思ったンですけど、かぶらが少なくて、雪と言うなら、雪解けのような、白くないお鍋になってしまいました。



けど、タラのあらと、牡蠣と白菜、白葱、菊菜、お豆腐などを入れて食べると、凄くいいお出しが出ていて、雑炊にすると最高でした。
若い子にはあっさりしすぎかなぁと思って、鰤を炊いたら、多すぎると言われました。  

Posted by tao at 00:59Comments(0)今日のお昼ご飯

2007年01月24日

寒い日はお善哉で

結婚した頃、おやかんの向きを主人によく注意されました。おやかんの口を表に向けたらあかんというのです。表に向けたら、来てくれはるお客さんに失礼やと言う事でしたそない、失礼な事をしたら、絶対お客さんは来てくれはらへんようになるて、お祖父さんがよう言うてはったって。

おやかんの向きさえ注意したら、店でストーブの上におやかんが乗っていて湯気が出ているのはええもんです。しゅんしゅんたぎっているお湯で、お客さんにお昆布茶をいれたりするのも、楽しいもんです



そして、お餅を焼いてお善哉をよばれるのも、寒いときの楽しみですね。お餅は余計めに焼いて、砂糖醤油をつけて食べたりする人もあります。ふうふう言うてよばれ、お腹に収まった頃は寒さが少しマシになった気がしたりします。

  

Posted by tao at 23:43Comments(2)今日のおやつ

2007年01月22日

551の豚まんがある時↑

寒いときに嬉しい差し入れを姉が持ってきてくれました。豚まんです。



テレビの宣伝のように、豚まんがあると、温かくて柔らかくて、皆ニコニコです。
ボリュームもありますしね。
これは、チンするより、絶対蒸し器で温めるほうが美味しいです。湯気もごちそうのうち、かも。

食べていたら、いつもお八つタイムに来られるお客さんも来られて食べられ、暖まって帰っていかれました。
  

Posted by tao at 23:48Comments(0)今日のおやつ

2007年01月21日

あの日 阪神大震災

阪神大震災関係の事をTVでよくみます。もう、12年も経ったんですね。

あの日は、何故か早く目が覚めて、ぼんやりしていました。揺れが起こっても、ちょっした地震だと思っていたら、どんどん大きくなってきたけど、刺すような寒さに、お布団のなかで、この古い木造住宅が軋むのを主人と眺めていました。
本棚が倒れてきて、流石に起きざるを得なくなりましたが、本棚を起こすには揺れが激しくて、そのままにしていましたから、結構長かったンですね。

治まると、直ぐにTVをつけて、地震情報を見ましたけど、初めは神戸は何も書いていなかったです。どんどん情報が入っていき、京都は震度5と言うことが判りました。今まで経験した最高は3ですけど、もう、段違いでしたね。
本当は起きるのには早かったのですが、眠れません。余震が怖いし、興奮していましたし。置時計が落ちて文字盤のカバーが割れ、地震のあった時間で止まっていました。

番頭さんは市場であの時間に既に中央卸売市場の喫茶店に居ましたコーヒーがこぼれたそうです。東大阪から通っている人は、来ませんでした。後で「どんなに怖かったか」と、自分だけが被災したみたいに言っていました。
店を開けていると卸のお客さんが次々と来られますが、食器棚が心配だったけど、大した被害はなかったといわれる方が殆どでした。うちもそうですが、南北の棚は無事で、東西に立つ棚は結構物が落ちたということでした。
京都では死者は二名で、そのうちの一人は、学区内の方で、うちでも買い物をされている方でした。

猫を飼っている人は、地震前から猫が興奮して走り回っていたと聞きましたね。怖くて、奥さんに抱きついたという人もあれば、奥さんが抱きついてきたという話もありました。
豪快なのは、岩倉に住んでいるバイト君がひとり、爆睡していて全く知らなかったそうですが、その子は今は高校の先生で、去年結婚しました。それだけ、時間が経っているのやと思います。
あの日、電話は夜まで掛かりにくかったです。神戸・宝塚付近は何日も掛かりませんでした。東京の伯母が心配して何回も掛けてやっとかかったと言ってくれました。
有り難かったのは、東京にお住まいで京都に来られるたびに買い物に来てくださるお客様が、見舞いのお葉書をわざわざ下さった事です。こういう時は本当に人の情けが身に沁みますね。

実はこの日は月曜で、前日の日曜日、私達は店の皆で宝塚のカラカラテルメという、今で言うスーパー銭湯に行って七時ごろ帰ってきていたのでした。もう、半日早く地震が起こっていれば、私達は裸で被災していたなあ、と話していました。
行き帰りの電車の中で見た風景が、無くなっているなんて、本当に恐ろしい事です。自分達が間一髪で助かっただけで、被災者の一人やと思いましたし、深刻な被害状況の方たちを、わが身に引き換えて思いました。
あの刺すような寒さの中で被災され、瓦礫に挟まれ動けないたが多いと聞き、ほんとうにボランティアに行きたかったです。どんなに辛かったことですやろぅ。何も出来ず悲しかったです。

近畿というのは、正確には違うのやろうけど、東京都位の感じやないですか。そやし、友達も一杯居ます。電話が掛からないので、葉書をだしたり、掛かったところとはあれこれ話をしました。幸い皆さんお元気で、ただ家は半壊したとかそういう方が多かったです。

一番胸を痛めたのは、地震で亡くなられた方が、直ぐに亡くなられるのではなくて、建物の下敷きになり、救助が間に合わずという方が多かったことです。しかも、火事が起こり、泣く泣く生きているのに動けない家族を置いて逃げたという話も多く聞きましたが、その方達は、今もどんなに苦しんでいやはることやろと思うだけで辛いですね。
イギリスの救助犬とか、スイスのレスキューとか、地震が起こって直ぐ、ものすごい速さで申し出てくれはつたのに、直ぐにお願いしやはらへんかったのもあかんと、皆言っていました。そやから、優秀な犬が見つけたのは死体やったという悲しいことになりました。
そないに、親切にいうてくれはるもんやなぁとも感心しました。日本は、よそにちゃんとしていやはるのやろかとも、思いました。頭でのうて、感じたことです。

全国ネットのテレビなどは、直ぐに「東京で起こった場合の参考に」という取り上げられ方をされて、「私らは、今こんなに辛いのに」と言う気持ちになりました。じっさい、殆ど被害のなかった私でも、何年かは「ゴォー」という地震の地鳴りの音が空耳で聞こえていましたから、本当の被災者の方はどんなにと思います。
元うちのバイト君で、休日毎にボランティアで通う子には見直しました。車で行って、大きなお鍋でかす汁を作ったとか言っていました。叔父が七十過ぎで親戚の居る芦屋まで、水や食物を持って西宮から歩いたのは本当に偉いと思いました。こういう時に、その人が判りますね。
うちの卸のお客さんの息子が、その頃珍しかった携帯を持って西宮に行き、レポーター気取りで電話してたら、貸してくれと言う人に取り囲まれて怖かったという話もありました。

それだけ、時が経っているのですね。被災された方の心の傷も、少しでも癒えるようにと祈ります。  

Posted by tao at 00:28Comments(0)

2007年01月14日

初寄り もうひとつの近江八幡

大体年末の疲れは小正月頃に取れてきます。少しからだが楽になると、やりたい事が山ほど出てきます。
小正月頃同女の同級生とミニ同窓会をするようになって四年になります。ドイツで通訳・ガイドとして活躍している人、宮大工さん、PCのHP製作とかをしている人、公文の講師をされている方、それぞれですが、一年に一度、七夕さんのように集まります。

企画・連絡はいつも友達に甘え、知らないところに連れて行っていただけるのも、とても楽しみです。錦に篭もっている私には思いもつかないお店ばかりですが、いつも素敵なところです。今年は近江八幡、遠いように思っていたら、地下鉄の国際会館の駅から車で一時間位でした。

大原から琵琶湖大橋に抜けると、春ならさぞかし桜が見事だろうと思える並木を走りぬけると湖岸の道となります。近江八幡の表示が出て直ぐのように思いました。水ヶ浜ポァン・ドゥ・ヴュというお店です。お料理も美味しいし、席もゆったりしています。そして、この眺めです。



ランチメニューは1,575円2,625円4,725円の他に、サンドイッチなどもあるようです。喫茶も出来るようで、今日は日曜日なので満席になっていました。飾っているお花もとても洒落ていて良かったです。

 

お腹が一杯で、直ぐ近くの喫茶店シャーレ水ヶ浜に入る前に、お店の直ぐ横から浜に下りる道をぶらぶらしました。波光がとても綺麗です。

 

ええ天気やつたので、外の席でもそう寒うないです。けど、じっくりお喋りしたい私達には、薪のストーブのログハウスのほうがええということで、粘らせていただきました。帰る頃には、心はすっかり女子高生。こんな感じに晴れ渡ってました。又来年。

  

Posted by tao at 18:10Comments(0)私の好きなもの

2007年01月11日

初恵比寿

毎年初詣が終わるとえべっさん。せわしないと言いながら、楽しんでいるンですけどね。

えべっさんというと、露店めぐりというひとが多いです。そやし、なんぼ空いていると判っていても、宵宵恵比寿の七日とか八日とかではえべっさんらしいのうて、寂しいと皆言わはりますね。そして今日は十日の本恵比寿。露店も全開、人出もマックスです。



笠は人を寄せるという事で買わはるようですけど、毎年大きいしていかなあかんと聞きます。縁起物なので、張り込んで買われているようです。
お参りには去年頂いた笹を持っていって収めます。それからお参りですが、近づいても鈴の紐になかなか手が届きません。



お参りしたら抜けるのも大変。今年は新しい笹を頂くのに、一旦えべっさんの上の裏口から出て、下の裏口から入り、壁を叩く人をかき分けて笹の売り場まで行きました。三千円払い、笹を頂くとお飾りをつけてもらいます。これは一つ千円くらいです。



お参りがもう一つ残っています。えべっさんは耳が遠いからと言うて、下の壁を皆バンバン叩いてお願いします。なんぼ混んでいるというても、ここの方がゆっくり頼めて聞いて貰える気がします。

  

Posted by tao at 00:20Comments(0)歳時記

2007年01月10日

お山めぐり 伏見稲荷参り

今年は寝込んでしまったけど、ほんまは、お正月には体力を残しとかなあかんのでした。なんでかと言うと、お山めぐりをしなあかんからです
お稲荷さんは、商売人やったら初詣は欠かせません。本殿もにぎわっていますけど、お稲荷さんで面白いのは、皆自分の神さんのところに行くんです。それが、お山めぐりです。
本殿から左に行くとおみくじ売り場があって、その左から段を上って右にいくと、よく写真に写る鳥居が密集して並んでいる奥の院へ行く道がありますけど、私らが行くのは左からお山に行く道です。多分そのほうが空いているからやと思います。奥の院からでもお山は回れます。
私は外国の人を連れて行ってあげたら、凄いインパクトがあるとかねてより思っています。八百万の神という日本人の宗教観を体感できると思うんです。熊鷹さんという、まだまだ手前の大きいお社では、般若心経を唱える信者さんたちが和ろうそくの中で浮かび上がります。神仏はまだ分離されていません。

初めて行ったのは京大で働いていた頃の職場仲間とで、仕事始めの後初詣に行き、ほんの出来心でその中から私ともう一人がお山めぐりを始めたのですが、歩き始めて自分達が甘く見ていたことに気がつきました。まだ上りなのに、日が暮れてきたのです。といっても、そこはお正月の事、人は切れないのですが、心細い事この上ありません。
「なぁ!?」まだまだ上りがあるはずなのに下っていく暗い道を下りながら、二人同時に言いました。けど、その後は違ごうてました。私は「変な人が来ても、絶対一人で逃げないでふたりで行きましょうね」でしたけど、その人はとんでもない事を言い出しました。「狐はね、眉を唾で濡らすと化かせないのょ。あなた、やりましょう」
下りはやがて厳しい上りとなり、見たことのある道に戻り、ようやく私達は帰途に着いたのでしたが、既に陽は落ち、鳥居の間にある裸電球が、ふぃと、私達の目の前にいきなり影を落とし、どきりとさせ、本当に怖かったのです。忘れられない思い出です。

そんなお山めぐりを毎年することになったのは、結婚してからです。主人が信心する「奥村さん」にお参りするのです。お膳谷というブロックに行き、小さな鳥居を求めて住所氏名を書いていただき、お供えも戴きます。お供えはカンカンと切り火をして清められます。ほんとうにあちこちに祠があるのですが、鳥居のないところはありません。
お参りしての帰りには、四の辻から降りていくのは一緒ですが、熊鷹さんに曲がらずまっすぐに下りていくと、私達が毎年頂く「立春大吉」のお札を売っているお店があります。毎年同じ事が出来る事の幸せを噛みしめて帰って行きます。下まで降りると、お客さんで毎年お稲荷さんの布のお財布をお正月におろさはる人があって、その人のために一つ買います。
買いながら、私はいまだにお狐さんのお面のお煎餅が買いたくて眺めてしまいます。小さいとき、買うてもらうのが楽しみでした。お煎餅は色々あって、お御籤のお煎餅も楽しみです。今年は寝込んで行けへんかって、残念でした。来年は行って、写真も載せますね。  

Posted by tao at 00:22Comments(2)歳時記

2007年01月09日

寒中托鉢

ボゥオー ボゥオーとほら貝の音。聖護院さんの寒中托鉢が始まったンですねぇ。山伏さんの姿をしやはった聖護院さんのお坊さんや信者さんが、ほら貝を吹き鳴らしてまわらはるのです。一軒一軒般若心経を唱えられ、それはそれは賑やかです。若い子は、笑うたらあかんとは思いつつ、こらえるのに必死で下を向いている人もあり、口をぽかんとあけて見入る人、大喜びで眺める人。
真剣な顔でお供えの包みを持ってお経を戴き、お経が終わるとお渡しして、お札さんを戴きます。家内安全は今年も間違いなしという気になります。

かっては、うちらへんも来てくれたはりました。ご町内の太鼓饅やはんが、参加したはったんです。けど、ご近所の休憩所にしたはったとこがお店を閉めやはって、うちの町内には来てくれはらへんようになりました。太鼓饅やはんも、元気なうちにとお店をたたまはって、今は立ち飲みコーヒーのお店になっています。
なんでも、永久に続くみたいに思うていても、そうやないと知らされたことでした。今はお札さんは、節分が店の休みに当たった年、聖護院さんにお参りして戴きます。  

Posted by tao at 23:35Comments(0)歳時記

2007年01月07日

松の内なので

松の内に来られたお客様には、お昆布茶をお出ししてます。よろこんぶで、おめでたいからですね。結び昆布と小梅というのもええんですけど、立っていられる方にお出しするのですさかい、そこまではねぇ。
梅昆布茶もありますけど、すっぱいのは男の人は苦手やったりするので、女の人と若い男の人だけにしています。

あと、五円玉に干支の小さな人形のついたものをプレゼントして「今年もご縁がありますように」と言うています。これも、毎年ためてくれたはったり、お渡しして今年のに替えてくれはったりすると、嬉しいですね。

  

Posted by tao at 01:22Comments(0)魚屋のいろいろ

2007年01月05日

恩讐の彼方に

大晦日夜シャッターを下ろすと何ともいえない心地です。それまではバイト君たちを叱咤激励ばかりしていた私ですが、感謝の気持ちで一杯になります。朝は疲れてボロボロの体でしょうから、そこをなんとか出勤してくれた顔を見ると、内心はよう来てくれたなあと思うのですが、長い最後の一日、緊張の糸が切れがちになるのをなんとか繋げようと、お八つを出したり、配達に行ってもらったり、こちらもあの手この手です。

店が片付くと、毎年のことですけど、ビールで乾杯をします。何故か皆、ビールを持って一人ずつもれなく乾杯しようとぐるぐる回ります。とりとめも無い話ばかりです。去年は皆で体重計で遊びました。体脂肪や体内年齢などがでるもので、量り合いをしたのです。

昔私が結婚してきた初めての年末、終わったと知って心に浮かんだ言葉が「恩讐の彼方」でした。お互い、いつも利害は一致するとは限らないし、対立もあります。けど、共にこんなにしんどい中をやってきた仲やんか。終わってしまった今、どこに心のわだかまりが残っているやろう。  

Posted by tao at 00:30Comments(0)魚屋のいろいろ

2007年01月05日

唯一のお正月飾り

除夜の鐘が鳴ると間もなくダウンしてしまいました。

年末にどの位寝ていたかというと、三十日には寝ていなくて、日付が替わって三十一日の二時迄主人が捌いたマグロの角切りを量って盛っていました。どうしてそんな時間にというと、前日店を閉めて皆が帰ってから、主人と二人で色々仕事をこなしていって、主人がマグロを捌きだしてから私も始めたわけです。
どうして夜中にするのかと言うと、昼間にできないからです。私がマグロを盛るのも、前日はバイト君に頼んだのですが、ひどく時間が掛かった上に、盛り方も汚くて売れなかったので、これは大変というわけです。それからつり銭の支度をしたりして、少し寝たら、もう起きて海老の支度からはじめないと。

毎年のことですが、年々こたえ方はきつくなってきます。ですから、恥かしい事ですがお正月の支度は元旦にしていたのが間違いでした。私が寝込むと主人の食べるものもありません。お雑煮のお出しすら取っていなかったのですから。数の子も戻さなくてはと思いつつ箱のままでしたし。
私自身も融通がきかないほうで、神さん仏さんにお参りしてからしか物を口に入れないという気があるので、お鏡さんも供えなくては、竜神さんのお社を掃除してお神酒とかを替えて、しないとと思うと起きれないので食べれませんでした。



三日目にようやく起きてお参りし、主人が言わなくてもちゃんとひとつお正月飾りをしてくれているのに気がつきました。床の間のお軸が富士山と日の出に替わっていました。今年は十一月のうちに・・・いや、まさか。  

Posted by tao at 00:07Comments(0)魚屋のいろいろ